八月の終わりの夜、友人と食事をした帰り道でした。「うちの人、そういうところは本当に助かってて」。自分の口から、ずいぶん素直な言葉が出ていたことに、駅からの道を歩きながら気づきます。同じ言葉を、家で待っている本人には一度も言っていません。責める相手も、直すところもありません。相手のいいところは、なぜか本人以外のところでいちばん言葉になります。それでも少しだけ立ち止まってしまう、そんな帰り道の話です。(架空の物語です)

この記事でいっしょに考えること

  • なぜ、相手のいいところは本人以外に話してしまうのか
  • 二人の間で褒め言葉が減っていくのは、気持ちが薄れたからなのか
  • どうすれば、その言葉を本人に渡せるのか
  • 面と向かって伝えるのが照れくさい日は、どうすればいいのか

なぜ、相手のいいところは本人に届かないのか

夏の終わりの金曜日、久しぶりに友人夫婦と食事をしました。

話は自然と、それぞれの家のことになります。

「うちの人、朝が本当に強くて。私が起きられない日でも、何も言わずに支度を進めてくれてるんです」

言いながら、自分でも少し驚いていました。

普段そんなふうに、相手のことをまとめて話す機会がありません。

友人は「いい人だね」と笑って、話は次の話題に移っていきました。

その場では、たいした話ではありませんでした。

帰り道、駅から家までの十分ほどの道を歩きながら、その言葉が頭に残りました。

夜風はもう、八月の初めよりすこし軽くなっています。

朝が強くて助かっている。これは、今日その場で思いついたことではありません。

3 年くらい、ずっと思っていたことです。

相手のいいところが本人に届かないのは、思っていないからではなく、その言葉が本人以外に向けて出される場面のほうが多いからです。

友人の前では、説明する必要があるから言葉になります。

家では、説明する必要がないので、言葉になりません。

家に着くと、部屋の電気が半分だけ点いていました。

「おかえり」と、いつもの声が返ってきます。

さっきまで人前で話していた言葉を、この人にはまだ一度も言っていない。

そう気づいたまま、その夜は「ただいま」とだけ言って上着をかけました。

同じ一言なのに、説明が要る友人には届き、説明が要らない本人には届かないままになっている図

褒め言葉は、どこへ行くのか

二人の間で褒め言葉が減っていくのは、気持ちが減ったからではなく、知っているはずのことをわざわざ言葉にする理由が、日常のなかでは立たなくなるからです。

言葉には宛先(あてさき:その一言が、誰に向けて出されたか)があります。

友人に話すときの宛先は、その場にいる相手です。

だから、相手の朝の強さも、助かっている理由も、ひとつずつ説明する形になります。

一方で、家の中では、その説明はもう終わっています。

朝が強いことも、支度をしてくれていることも、二人とももう知っています。

知っている情報をもう一度渡す理由が立たないので、言葉のほうが先に省かれていきます。

省かれたのは情報だけのつもりでした。

けれど、いっしょに省かれていたものがあります。

「私はそれを見ています」という合図です。

私たちの実感では、面と向かって褒めにくい理由は、もう 2 つあります。

1 つ目は、照れです。

長く一緒にいるほど、改まった言い方は不自然に響いて、言いかけて引っ込めることになります。

2 つ目は、評価に聞こえてしまう気がすることです。

「えらいね」「すごいね」は、言う側が上から見ている形に聞こえることがあります。

そう聞こえるくらいなら黙っていよう、と思ってしまう夜があります。

こうして、いちばん近くにいる人だけが、その言葉を聞かないまま過ごしていきます。

そして、この省略には跡が残りません。

言わなかった一言は、喧嘩にも不満にもならないので、どちらの側にも記憶されないまま流れていきます。

だから、いつから言わなくなったのかを、あとから二人で確かめることもできません。

どうすれば、本人に渡せるのか

十月の初め、義理の親から電話がありました。

用件のあとに、ついでのような調子で、こう言われました。

「この前ね、あの子があなたのこと、家のことを何も言わずに回してくれるって話してたよ」

受話器を持ったまま、少し黙ってしまいました。

うれしいというより、驚きに近い気持ちでした。

そんなふうに思ってくれていたことを、この日まで知らずにいたのです。

同時に、あの帰り道のことを思い出しました。

自分も、まったく同じことをしていました。

相手のいいところを本人に渡すのに要るのは、うまい褒め言葉を探すことではなく、他の人に話したその言葉を、そのまま本人にも一度言ってみることです。

電話を切ってから、台所のほうを見ました。

わざわざ改まって伝える機会は、たぶんこれからも訪れません。

その夜、洗い物をしている背中に向けて、言ってみました。

「この前、朝の支度のこと、友達に話したんだよね。助かってるって」

背中は「そう」とだけ返してきました。

反応は、それだけです。

それでも、そのあと少しだけ機嫌がよかったように見えました。

渡し方は、3 つだけ気をつけました。

1 つ目は、他の人に話した言葉を、そのまま持ち帰ることです。

新しく考えた言葉より、すでに口から出た言葉のほうが、自分の本音に近い形をしています。

2 つ目は、評価ではなく、自分がどう助かったかの形にすることです。

「えらいね」ではなく「あれ、助かってる」。

主語を自分に置くと、採点の色が消えます。

3 つ目は、面と向かうのが照れくさい日は、文字にして残すことです。

声だと引っ込めてしまう言葉も、書けば最後まで書けることがあります。

人づてに届く言葉は第三者を経由して数週間かかり、直接渡す言葉はその日のうちに届くことの対比図

渡すときの、よくある引っかかり

とはいえ、渡してみると、思っていたのと違う手ごたえが返ってくる日もあります。

大事なのは、相手の反応で自分の一言の価値を決めないことです。

1 つ目の引っかかりは、返事を待ってしまうことです。

長く一緒にいる相手ほど、うれしさをその場で表に出さないことがあります。

「そう」としか返ってこなくても、届いていないわけではありません。

2 つ目の引っかかりは、まとめて言おうとすることです。

3 年ぶんをきちんと伝えようとすると、場を用意する必要が出てきて、たいてい先延ばしになります。

思い出した日に 1 つだけ、が渡しやすい形です。

3 つ目の引っかかりは、相手が自分のことをどう話しているかを数えはじめることです。

「私はこれだけ言っている」の比べ合いになると、渡すはずだったものが点数に変わってしまいます。

数えるのをやめても、二人は困りません。

そして、人前で相手のことを褒めるのは、やめなくて大丈夫です。

外で言うのは悪いことではありません。

宛先を 1 つ増やして、家にも同じ言葉を置くだけです。

むしろ、外で言えるくらい素直に思えていることは、そのまま持ち帰るのにちょうどいい材料です。

もう 1 つ、この二人が気づいたことがあります。

その場で言えた一言は、たいてい、その日のうちに流れていきます。

何度も思っていることほど、残る形にしておくと、次に開いたときに、また目にすることができます。

まとめ

相手のいいところが本人に届かないのは、思っていないからではありません。

その言葉が、説明の要る相手にだけ向けられているからです。

家では説明が要らない分、いちばん近くにいる人が、いちばんその言葉を聞かずにいます。

うまく言おうとしなくても大丈夫です。

誰かに話したその言葉を、そのまま一度、本人にも言ってみる。

宛先を 1 つ増やすだけで、ずっと前から思っていたことが、やっと本人にも届きます。