「来年の夏はどうする」。窓を開けたテーブルで、麦茶のグラスに汗が浮いています。遠くで祭りの太鼓が鳴っている。相手が言いかけて、こちらは「前にも話したよね」と返す。それで会話は終わります。二人の将来について、話していないわけではありません。ただ、話したのはずいぶん前で、そのときの答えのまま今日まで来ています。この記事では、相手の「やりたいこと」が静かに変わっていくことと、それをどう聞き直すかを考えます。

この記事でいっしょに考えること

  • 一度ちゃんと話した将来の話を、なぜまた話す必要があるのか
  • 相手の「やりたいこと」は、どのくらい変わるものなのか
  • 答えが変わっていたと分かったとき、どう受け取ればいいのか
  • 問い詰めずに、もう一度聞き直すにはどうすればいいか

「その話、前にもしたよね」で終わる夜に、何が起きているのか

夏の夜、洗い物を終えてテーブルに戻ると、相手が窓の外を見ています。

「来年の夏は、どこか行きたいな」。そう言われて、こちらは「去年もその話したよね」と返す。

悪気はありません。覚えているよ、という合図のつもりです。

けれど相手は少し黙って、「そうだったね」と笑います。話はそこで畳まれます。

私たちは、将来の話をしていないわけではありません。

同棲を始めるとき、結婚を決めるとき、引っ越しのとき。節目ごとに、それなりに話しています。

引っかかりが生まれるのは、その話が「済んだこと」として置かれるところです。

一度出た答えは、二人の間でいつのまにか決定のように扱われます。

「あの人は落ち着いた暮らしが好き」「うちは旅行より家を優先」。

そう決まったことにして、日々の判断はそこから引き算されていきます。

夏の予定も、来年の予定も、その決定に沿って静かに組まれていきます。

こちらは相手のためを思って組んでいるので、確認しようという気にもなりません。

けれど、その答えが出たのは去年か、もっと前のことです。

間に相手は転職を考えたかもしれないし、親の年齢を意識したかもしれない。

言い出すほどではない小さな心変わりなら、なおさら報告されません。

二人の将来の話が止まるのは、話し合いが足りなかったからではなく、一度出た答えを二人とも「決まったこと」として置いたまま、更新しないからです。

だから、このずれは口論の形では出てきません。

出てくるのは、「前にもしたよね」で終わる、少し静かすぎる夜のほうです。

そしてその夜は、たいてい二人とも何も間違えていません。

二人で話した日の答えから時間だけが過ぎ、働き方・親の年齢・体力の変化が起きても、答えはそのまま置かれていることを示す図

なぜ、相手は「このまま」だと思ってしまうのか

ここで、心理学の研究をひとつだけ紹介します。

人は「この10年で自分はずいぶん変わった」と認める一方で、「これからの10年ではあまり変わらないだろう」と見積もりやすい傾向があります。

1万9千人あまりを対象にした調査でこの偏りが確認され、研究者はこれを歴史の終わり錯覚(自分の変化は今日でだいたい終わった、と感じてしまう傾向)と呼びました(Quoidbach, Gilbert & Wilson, 2013, Science, 339, 96–98)。

この報告では、価値観・好み・性格のどれについても同じ向きのずれが見られたとされています。

自分についてさえそうなら、隣にいる人についてはなおさらです。

毎日顔を合わせているぶん、変わっていないように見えます。

同じ時間に起きて、同じ席に座って、同じ味噌汁を飲む。

その連続の中では、内側で少しずつ動いているものが表に出てきません。

久しぶりに会う友人のほうが変化に気づく、ということが起きるのはそのためです。

しかも一緒に暮らす二人は、「相手のことは分かっている」と感じやすい。

その確信は、たいてい少し古い情報でできています。

相手の「これから」が聞き直されないのは、関心がなくなったからではなく、この人は変わらないという前提が、私たちの中に静かに置かれているからです。

もちろん、変わらない部分もあります。大事にしている芯のようなものは、そう簡単には動きません。

ただ、その芯を暮らしのどこに置きたいかは、年齢や仕事や体調で形を変えていきます。

同じ人が、同じことを大事にしたまま、違う答えにたどり着くことは普通にあります。

答えが変わっていたと分かったとき、どう受け取ればいいのか

聞き直すのが少し怖いのは、答えが変わっていたときが不安だからかもしれません。

「子どもは、と思っていたけれど」「実家の近くに戻るのもありかもしれない」。

そう言われたら、こちらの予定も揺れます。だから、聞かないほうが平和に見える。

ただ、相手の「やりたいこと」が変わっているのは、二人の間に問題が起きた印ではなく、その人が生きて考え続けている印です。

働き方が変われば、時間の使い方の希望も変わります。

親が年を重ねれば、暮らす場所の考えも動きます。

体力が変われば、休日の理想も変わります。

どれも自然なことで、多くは二人の関係とは別のところから来ています。

むしろ、何年も同じ答えのままでいるほうが珍しいのかもしれません。

それでも、変化を聞かされた側は一瞬こわばります。私たちもそうです。

自分が置いていかれるように感じたり、これまでの前提が崩れるように思えたりします。

そういうときは、判断を急がずに、まず受け取るだけにしておく手があります。

「そうなんだ。いつごろから、そう思ってた?」

賛成も反対もせずに、変わった経緯だけを聞く。決めるのは、後日で構いません。

その場で「じゃあ、どうするの」と続けたくなりますが、そこを一度こらえてみる。

相手は言い切ったつもりでもなく、たいてい途中まで考えたところで口に出しています。

変化は、知らされたほうが扱いやすくなります。

知らないままの変化は、何年か経ってから「そんな話は聞いていない」という形で出てくることがあります。

早く知るというのは、相手を管理することではなく、二人が驚く回数を減らしておくことです。

どうすれば、問い詰めずにもう一度聞けるのか

聞き直しは、切り出し方でずいぶん変わります。

うまくいくのは、答えを確かめる問いではなく、「今はどう思っている?」と現在形で置く問いのときです。

1 つ目に、過去形で確認しない。

「前に、家を買いたいって言ってたよね?」は確認の形をしていますが、相手には答え合わせに聞こえます。

「家のこと、今はどんな感じ?」のほうが、考えが変わっていても言いやすい。

2 つ目に、その場で決めない。

聞き直した日に結論まで出そうとすると、話は交渉になります。

聞く日と決める日を分けるだけで、相手は途中の考えのまま話せます。

3 つ目に、こちらから先に更新する。

「私も最近、少し変わったかもしれない」と自分の変化を先に出すと、相手も出しやすくなります。

聞き役に回りきらないほうが、対等でいられます。

落とし穴もあります。聞き直しを毎晩やると、点検のようになってしまう。

「また同じ話?」と思われたら、開いていた口も閉じます。

将来の話は、まとまった時間に、年に何回か開けば十分だと私たちは考えています。

季節の変わり目や、長い休みの終わりのような区切りは、ちょうどいい合図になります。

それに、聞き直して答えが変わっていないことも、同じくらいよくあります。

そのときは「変わっていなかった」と確かめられただけで、二人の前提が一つ新しくなります。

過去形の確認では答えが「うん」だけに狭まり、現在形の問いでは「変わってないかな」「実は少し変わったかも」の両方が同じ濃さで返ることを示す対比図

まとめ

将来の話が止まるのは、話し合いが足りなかったからではなく、一度出た答えを更新しないままにしているからです。

人は自分についてさえ「これからはあまり変わらない」と見積もりやすいと報告されています(Quoidbach ら, 2013)。隣にいる人については、なおさらそうなります。

相手の「やりたいこと」が変わっているのは、関係の不調ではなく、その人が考え続けている印です。

だから、過去形で確かめるのではなく、「今はどう思っている?」と現在形で置いてみる。

二人の答えは、何度でも書き直していいものです。